山想

10月の雪渓で思ったこと

投稿日:2012年10月16日 更新日:

長かった夏の間に汚れ切った雪渓を下ってゆくと、突然ガスを透かして人影が現れた。
男女数人のパーティーはこれから大雪渓を渡り、再びアイゼンを外してあの崩壊斜面の不安定な登路を登ってゆかなければならない。

サンカップにえぐられた固い雪渓はさ程ではないにしても、落石の危険のある岩勝ちの登山道はこんな雨混じりの天気では滑り易く不快に思えるだろう。

日本列島を分断するフォッサマグナの西縁、いわゆる糸魚川・静岡構造線はまぎれもなく地球を覆う巨大なプレートの境界に沿って走り、その弱点を穿ちながらそれぞれの河川が日本海へあるいはまた太平洋へと流れ下っている。

白馬岳周辺の東面を大崩壊へと変貌させたのもこの大断層の故だろうか。

毎年南アルプスを中心に多くの登山路を歩く身にとっても、これ程険悪な印象を受ける国内の主要な登山コースを見ることは少ない。
長く雪渓の下に埋もれているにしては、あまりにも不安定で険相に見える。
もっともこの谷を取り巻く山々の急峻で脆い斜面を見れば風化と崩壊の速度がひと際速く、常に渓相を新しくしていることは疑問の余地もないのだが。

新田次郎の小説「強力伝」で有名な白馬の山頂方位盤もこのままでは後十年もすればその位置を移さなければならない状況になりそうにも見える。

こんな風景を見るにつれ、人為を遥かに越えた自然のあるいは地球のダイナミックな躍動を感じざるを得ない。
地球は人のことは思わない。
ただ己の自動律に従って、永々と時を刻んでいるだけだ。

巨大なスケールの地殻運動はそれによって幾多の山岳の形成を促し、私たち登山者に計り知れない喜びをもたらすと同時に多くの人命と財産を一瞬にして滅ぼす未曾有の災害も引き起こす。

地球が誕生して46億年、その内生命が進化し、さらに人類の辿った歴史はほんの僅かに過ぎない。
度重なる大絶滅、氷期を経て今ここに初源の姿を残す山岳の荒れた谷に身を置いてみると、この小さな存在すらもが一つの奇跡にも思えてくる。

 

-山想

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